人=肉体∩精神∩魂

先日、あるご婦人と「この世・あの世」の話になった。
当然、人の話ですね。そのご婦人は「精神は、生死に関わらず単独に存在する魂です」と言う話をしてきました。
肉体・精神・魂は、ギリシャ時代から始まり、近代哲学への二元論の源流ですね。現代でも生き残っている話ですね。
こういう問題は、実験できないしね。人生かけて実験できても結果は、あの世に持って行ってしまっているので結論が不明なってしまいますね。
肉体は、この世で父母から頂いたDNAから形成され、歴史的に遺伝・運命として連続して造られるものですね。
精神は、肉体からの知覚作用で、又、情報処理として学習・体験によって成長する状態と機能だと思う。それは、肉体と共に消滅しますね。しかし、又、情報として他の人に精神として受け入れられますね。
近代の始め、デカルト・パスカルも精神作用を考察しています。
一概に一般的に「精神」と呼称しても、人によって、善悪・出来不出来の機能・傾向性などの差があるものです。現場的には、同じ情報でも人の心根・人間性などで反応が違うものです。
その肉体・精神を操作しているものが「魂」となるのでしょうか?
私自身は、「精神」「魂」という言葉には懐疑的なんです。その実体が不明だからなんです。
ちがう言葉があっても良いのではないかと思っています。
話の前提となっている「この世あの世」は、成立するものだと思っています。あるべきだという要請みたいなことです。しかし、その実体は解りません。無くては矛盾するよなぁという合理論的です。
私は、「この世あの世」で 人=肉体∩精神∩魂 と語られる実体は、固有名詞としての「我」では無いかと観じています。
人=肉体∩精神∩魂]←(状態)∴←(「我」)目に見えない「この世あの世」の実体なのではないでしょうか?
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