2009年7月10日 (金)

大阪パチンコ店放火殺人事件から

H21m6d  7月5日16:14 大阪市此花区四貫島1丁目のパチンコ店で高見素直(41才)が南東側の入り口から入り、青色のバケツにガソリン入れ、無言で撒きマッチで火を付けて逃げた。その結果、店内の4人が死亡、19人の重軽傷をだした。
犯人は、仕事も金もなく人生に嫌気がした、通り魔みたいに誰でも良いから人を殺したい、人が多数いるところにマッチで火をつけたと自首をして語った。その事件について、TVコメントで有名な佐木隆三氏が精神分析をしていたが。なんとも、狂った動機なのだろう

 どうして人生に嫌気がさしたのだろう? 誰でも良いから人を殺したかったのだろう。一人で自殺という選択もあるのだろうが。
最近、この手の共通点は、無職・孤独・経済苦である。
犯人の自供通り、事件を起こし社会から逃げ、檻の中に入りたかったのであろうか ?
 犯人も自覚できない、何か無意識な問題があるのではないだろうか ?

 「人生に嫌気がした」これは、犯人だけではない、大なり小なり多くの人が巡り会う状況であろうと思う。
無視・無関係な人間関係でなく、仲間がいて、扶養者がいれば、少なくとも闘うはずである。そこには大変でも現実存在(実存)がある。世界がある。
しかし、現日本は法治国家、管理社会である。最近では理解できるが、雨の日に傘を差して自転車を乗ってはならない、3人乗りはいけない。専用の高価な自転車購入しろと至れり尽くせりの社会である。弱い神経の人間ばかりになる。私など子供の頃、両手手放しで自転車を乗ったものだ。事故には注意したし、どんな状況で事故になるか予知できたものだ。

 それでいて、社会は市場原理の競争社会だと議員はあおりまくる。矛盾である。
犯人は、通り魔事件報道から勘違いして、悪のヒーローになり自己を示したかったのかも知れない。
自己の存在要求を本能のままに土壺にはまり、見えなくなってしまったのだとも思える。
この手の事件は、哲学なしの人・国の悲しい事件だと思える。まだ続くかもしれぬ。

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2009年7月 5日 (日)

実存の疑惑から

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tn 「私は、私をどうやって作ります?

tanpopo 「tn さん言い質問ですね」

tn 「何に何をして何を作るかですよ!」

tanpopo 「するどいねぇ」

tn 「できるんですかねぇ ? ということですね」

tanpopo 「攻めるなぁ 特別なことでなく全員がしていることを特に意識してやることなんです」
・・・・・・・
tanpopo 「還暦をすぎると体験的事実が前提になりますが、人は、地域的にも家庭的にもそれぞれ差を持って生まれてきます・・・・それだけではないですね、体格・性格・体力・知力・行動力などの初期条件も違いますね、時によって時代を親を社会を人を恨むこともあるわけですよ」

tn 「そうそう、生の初期条件が違いますね、兄弟でも違うからねぇ」

tanpopo 「パスカルさん風に生を表現すれば、人は土牢の中にいる存在ですね、仕事も職場もそうでしょ・・・・・死ぬまで出るわけに行きませんねえ・・・・・じゃぁ 土牢をどうするかです」
・・・・・・・・
tanpopo 「人は、→■→の情報活動をしています。■は意識している人、中身は学問的に未知でも、機能と状態があることが現場的事実から知ることができます、Bbと抽象化します。→は、■へと、土牢(世界)への情報です。」

tn 「→■→と抽象化できても、人によって違うでしょう」

tanpopo 「その通りです、10人20色で、ことわざ以上ですね    その時その時の情報の認識・判断・選択・発想で私の存在が変わってきます

tn 「そうですね、同じ情報で賢くも狡くも悪くも発想てきますからね、人がきまりますねぇ」

tanpopo 「私は、→入ってきた情報も発想した情報も項目と頁をつけてフィールドノーツ(fn)として記録続けています。→■→を見つめ続けています、すると世界(土牢)が見えてきます

tn 「あのノートがそうですか」

tanpopo 「そうです、一日に読み返し、発想する事を知的儀式と呼んでいます。頁が増えてもPCで項目を検索して頁か解るようにしておけば便利です」

tn 「■の鍛錬みたいですね」

tanpopo 「そうです、持続です。現役時代はそのノートをめくれば全てが解りましたよ」
・・・・・・・
tanpopo 「Bbをfnで鍛えるのです。それと道具+技術+思想で知的武装し、真利善美の行動規範で世界に存在するのです。土牢もパラダイスにするのです

tn 「わたしはこのように存在している。  ですか? 営存でしょう」

tanpopo 「そうです、実存の現実存在だけでなく、主体的存在の営存(土牢がヒューマンスペースに)ですね」

tn 「■を論理的に詰めるのが「我」の哲学ですか?」

tanpopo 「哲学の歴史は、意識→理性→精神と客観的に学問してきましたが、■の発想を主観・客観的に考えるのです・・・・現場の■を鍛錬するものとして扱うのです・・・・生の技術なんです」

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2009年6月30日 (火)

実存への質問

H21m6d24_2 tn 「実存よみましたよ。花の写真はショボかったですね」

tanpopo 「いいますねぇ あの花は雑草なんです、名は ? ですね 意味を実存にかけてみたのですよ」

tn 「しかし、日常で存在の意味なんか考えますかねぇ ?

tanpopo 「哲学者も時代の子なんですよ、ハイデッガーもサルトルも第一・二次世界大戦の時です。学問の発展として客観的人間の認識から、現実的な存在に進化したわけでしょう」

tn 「日本でも実存小説が流行してたんではないですか」

tanpopo 「西洋も実存が、学問としても小説として受けたのだから、「私」の存在について時代が意識したんでしょうね

tn 「日本では?

tanpopo 「昭和3・40年代の学生運動が激しかった頃、インテリ受けしてたんでしょうか?」

tanpopo 「西洋は神と人との契約社会で、個人意識が強いですよね。労務も契約です」

tn 「日本も労務は契約ですけどね  でも意識は薄いですよね」

tanpopo 「日本は会社人間なんて言われ帰属社会でしたよ  個人の存在を考えるよりも会社の一員意識が強かったですよね

tn 「そうそう」

tanpopo 「今の日本は、正社員、派遣社員、アルバイトと職業的身分制度がでてきた格差社会ですよ 社会で一人になるわけです」

tn 「存在の不安ですか  秋葉原の通り魔事件なんか現れですね」

tanpopo 「そうですよ」

tn 「格差 貧困 人生の不安ですね  存在の不安ですね  これから日本も大きくなりそうですね

tanpopo 「ひとつの階層を犠牲しては、社会全体の繁栄はないですよ キャノンの御手洗経団連会長、元小泉首相、もと坂口元厚生労働大臣は社会的悪でしたね」
・・・・・・
tanpopo 「「我」の哲学は、実存から営存に進化した、如何に生きるかの存在を自覚する「生」の実務哲学なんですよ

tn 「自身は自身でつくるのならば、どうやって作るかが問題ですね

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2009年6月25日 (木)

実存

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 久米宏のクメピポ゜というTV番組で何週間前か、ゲストとして田原総一郎氏が招かれていた。氏の若き頃は12chの番組制作の仕事だったという。学生運動華々しい時、彼らの結婚式を番組にしたという。その時、花嫁から初めの床相手に氏が所望されたという。その状況の映像があるという。
久米氏の「何故ですか?」との問いに、氏は「実存」ですよ。と、答えていた。

 私としては、懐かしい概念だった。又、なんという展開だろうと笑ってしまった。
今の若者、いや!多くの人は意味不明かも知れませんね。

 実存概念は、世界の人間理解史の1シーンであろうと思う。
AD(紀元)後、神と教会の権威で人間性が萎縮して中世暗黒時代。万能の天才ダビンチ後ルネッサンスと称され、天才達が出現する。デカルトの良識、カントの理性、ヘーゲルの精神と人間認識が進む。産業革命後、社会に貧困と格差が生じて、社会発展の原理でもあり、パンを得るための階級闘争が意識され、共産主義が誕生した。哲学も、その貧困には無力であった。

 そんな時代に哲学は、人間を認識の対象から存在の意味を考え始めた。
ハイデガーは、人間を根拠を持たない存在、それを現存在と呼んだ。私は、世界内存在の現存在者で不安を覚えるとした。
サルトルは、人の現実存在を実存と言い、人の本質より先だと言い、自分は自分で作ると、主張している。
それが、実存主義の第一原理だという。ヒューマニズムだそうな。

 最近は、両氏のような問答が無くなりましたねぇ。
しかし、自己責任、自分は自分で作るのだが、何でも良いとは思えない。
営存は情報概念だが、「私は真利善美の行動規範によって、このように存在している」というものである。

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2009年6月19日 (金)

一般野外科学への再度の質問 3

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続き3
tn 「そのライフスタイルは、日本文化って言いましたね」

tanpopo 「はい! そこに意味があります。仏典(各宗派)も四書五経(儒教など)も日本に入ってきたもので独自なものでないですね・・・・・・はっきり言い切れないが、西洋も東洋も下から上の権力層に伝わったと思うのですが、日本は上で発展したものですよね・・・・・・・・一般野外科学のライフスタイルは、下からのもので文化だと思うんだ」

tn 「新しい文化ですね? 西洋でも東洋でもない文化になりますね」

tanpopo 「そこに価値があると思うんです・・・・・・戦後に与えられた主権在民が進化するんです・・・・勤労者が現場から真理を発見するのです、そのライフスタイル(知的儀式+知的武装+行動規範)で生活(営存)をするのです

tn 「うーーーん、言葉(概念)に現場的実体がありますね」

tanpopo 「全員にある私たちの→■→のBb(ブラックボックス)の意識が一般野外科学で理性(機能)と精神(状態)が合体した発想をして、真理を前提にした利善美の行動をするのです」

tn 「仏典などの真理も前提とするのでしょうか?」

tanpopo 「当然です、しかし、現場から発見された真理であってΩのような勝手にこしらえた真理なんてのはいけませんよ!善悪はあります・・・・何でも正しいとは思ってはいけませんよ、実験・実証が大切です、東洋文化の弱点ですね」

tn 「法律的税的には同じでも、違うものなのですね」

tanpopo 「安易な否定・争うことはないが、ライフスタイルの結果ですね、目の判断では美しいことですよ」

tn 「真理は美しいですか」

tanpopo 「笑う、その通りです・・・・・・・F=ma  E=mc^2 ですよ・・・・」

tn 「一般野外科学の方法が新しいライフスタイルを作るわけですね」

tanpopo 「公民・領民・皇民で生きてきた日本人の歴史が戦後、今一度変わるわけです・・・・経営者も労働者も共に勤労者なのです」
・・・・・・・
tanpopo 「是非、個人が現場探検・db記録して現場から発想論理(PCで考える)で真理を発見していって欲しいのです」

tn 「それが一般野外科学なのですね」

tanpopo 「そうです」
お わ り

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2009年6月15日 (月)

嗚呼 満蒙開拓団

H21m6c  先日、19:00のNHK News で嗚呼 満蒙開拓団 の映画を、岩波ホールで上映された、と言う報道を見た。
監督は羽田澄子女史で、映像作家として、そのジャンルの第一人者だとも報道されていた。
日本の敗戦三ヶ月前に入植したという、ひどい話しも知った。自立した個人が許されない組織の無責任さが、したことであろう。残念ながら、私はまだ見ていないのだが、関連したBlogを読んだが、合点がいかない処があった

 戦争の悲惨さ、残酷さ、国を越えた人間の善悪の存在、を感じて論じてはいるのだが、安易に人を憎むのでなく、天皇制のあり方、日本国の民度の程度、人間のあり方、思想・哲学の影響存在、について無関心なのである。
どのような事が人間を、国を、社会を、善に、悪に導くのか、について疑問を持たず、等閑視しているのだ。すべてのBlogを読んだわけでないが。

 その映画から、日本人は、どう進化すべきか、戦後どう進化したか考えることは大切な事だろうと思うのだ。
結果的にあの戦争で、皇族・公家・武家の権力抗争の歴史からクリアできたわけである。
現在の日本には、東洋と西洋のライフスタイルが渾然となっているのだと思う。そして、世界は、今、文明・思想の危機にあると言われている。
中国は、西洋のライフスタイルを拒否し続けている。
中国に東洋の鬼っ子とさげすまれた日本は、ここで東洋でも、西洋でもないライフスタイルを新文明として始める必要と責任があるように思う。

 そのための哲学として、「我」の哲学が必要だと感じている

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2009年6月13日 (土)

一般野外科学への再度の質問 2

H21m6c_2 HP, 更新しました ← クリック

続き 2
tanpopo 「対象者は、現場から真理を発見しようとする人たちです
道具は、自身の意識です。スピ者が思う意識でなく、デカルト・パスカル・ヘーゲルなどの歴史的に発展してきたものですが、概念だけでなく、現場的な理性(機能)と精神(状態)の→■→(Bb|ブラックボックス)です
技術は、発想論理整理術です
思想は、人間情報原理(後述)です」

tn 「後述が多いですね」

tanpopo 「申し訳ないです 人類の人間理解は、意識・理性・精神と観念論で発展しましたが現場的では無いんです。歴史的には唯物論としての階級闘争で共産主義が分岐していきました。今は消滅しました」

tn 「中国・北朝鮮は?」

tanpopo 「あれは純粋ではないですよ、独裁・官僚国家の道具にすぎないでしょう
人間理解は、現実存在の実存でフランスで止まっています、と、私は思っています」

tn 「一般野外科学は、それと関係してくるのですか?」

tanpopo 「はいはい! それは、知的儀式として発想探検、知的武装としての道具+技術+思想、実証としての行動規範(真利善美)で、生き方としてのライフスタイルになるんです」

tn 「・・・・・・」

tanpopo 「西洋は、聖書+哲学+科学の主観と客観の文明です
東洋は、仏典+四書五経の主観の文明です」
一般野外科学は、主観と客観が統一された日常の創造性(生活・仕事の学問)で生の実務的哲学の側面があります、
そのライフスタイルは、西洋でもなく東洋でもない、日本文化になります
そこに、意味と価値があると思っています」

tn 「聞いたこと無いような話ですね ?」

tanpopo 「そのような話は日本人の弱点でしてね、他国の珍しい新規な話には元気になるんですよ

つ づ く  3

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2009年6月10日 (水)

賢者の朝食 ?

H216mf_2 HPの更新しました。 ←クリック

   最近、週一度の昼食は、外で七輪の火をおこし、魚などを焼いて食べている。いわゆるアウトドアであろう。
貝なども焼いているのだが、あさり・白貝ときて、あおやぎ(バカ貝)を焼いたのだが、大失敗だった。臭いがきつく、味も臭いと同じ味なのでまいってしまった。私の選択が大失敗だった。

 このあいだ、背黒めざしを焼いて食べてみたが、気に入ってしまった。
めざしは、小学入学以前のトラウマで食べたことがなかった。
数匹の魚の目を藁で突き刺し束ねて皿の上に乗せて出された。たしか、父親に栄養があるから食べろと言われた記憶がある。黒く焼かれた魚を口に入れると苦かった。「なんだこれ!」と思ったものだった。
しかし、何故か、今はおいしかった。

 当時20代の私たちにとってのめざしは、質素(貧しさ)な生活の象徴であった。
その頃、経団連名誉会長、第二次臨時行政調査会長,85歳の土光敏夫氏の朝食はめざしだった。そのような報道がされた。
しかし、あとから知れた情報によると"やらせ"だったらしい。だが、バス通勤の社長として、質素な生活は事実であったらしいのだ。

 今の時代、リーダーで質素な生活をしている人がいるのだろうか?
フォード・クライスラー・金融関係のの幹部達、日銀前総裁など、人の位と言うことを知るべきだろう。
私は、みそ汁と、8匹、百数十円のめざし四本の朝食を、ありがたくとれることが、賢者になったように感じるのだ。

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2009年6月 7日 (日)

足利事件の冤罪から

Photo H215mb 6月4日午後 足利事件の受刑者だった菅家利和氏は、最新のDNA鑑定で体液が不一致だったと、千葉刑務所から釈放された。
冤罪だったわけである。いつも事件では、弁護士は悪役に見える者だが、正義のヒーローに見えた。

 殺害された4歳の女児が遊んでいたパチンコ店に、菅家氏が通っていた、通学バスの運転手だったという。それで犯人と見当を付けられ捕らわれたのか?
アリバイは無かったのであろうか? 非公開情報なのか報道では不明である。
そして、無理な強要で自白してしまったというのである。

 菅家氏の父母は無念であったろう。被害者の父母は憎んでいたであろう。保育園の経営者は責任を感じていたであろう。
真犯人はどこかで笑っているのだろうか? すでに死んでいるのだろうか?
警察・検察・裁判官は、悔やんでいるのだろうか? その名前を知りたい。それでは、彼の国と同じになってしまうか!?
しかし、責任者のお詫び記者会見はあってもいいだろう。
最高裁の裁判官の名前は知りたい。市民には投票権があるのだから。

 女児は殺害され存在しない。加害者は不明で時効。父母から裁判官まで振り回された社会事件を関係者の運命的事件というのだろうか?
そして、菅家氏も強要され嘘の自白をしてしまった。
彼も、何故、その保育園の運転手だったのか? そのパチンコ店に通っていたのか? 当時の技術レベルだかDNAが一致してしまった。不運であったろう。

 人は、そのような状況でどう闘えばいいのだろう。
それを運命といい、宿命といい、哲学は無力か? その定めと闘えるのか? 突然、舞起こった事に対処できるのか?
魔法魔術だったら、スピだったら逃げられるのだろうか?
私は、叫ぼう。
「人生を絶たれるのであれば、真理を貫き、自己を信じ、高位な精神になろう。警察・検察・裁判官に人として後悔させて見せる」

  それが、世界・人間を知る哲学の仕事だと思う。

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2009年6月 3日 (水)

一般野外科学へ 再度の質問

H21m5atn 「何故!  論理的なものはHPにするんです?」

tanpopo 「そうですね、Blogでは社会事象から「我」を考えてみたいと思っています、HPの方はまだ手に余ってるんですよ」
・・・・・・・
tanpopo 「でも、総括してまとめる処がHPになりそうですよ」

tn 「大変ですね、では一般野外科学の最後の質問としてさせてください」

tanpopo 「どうぞどうぞ」

tn 「野外科学は、書斎(文系)・実験(理系)科学が扱えなかった、現場の混沌とした情報を扱うんでしたね。一般野外科学と言うからには何を拡張したんでしょう ?

tanpopo 「野外科学は、混沌とした現場情報を扱うと言っても学問ですから、対象を客観的に扱いました。しかし、一般野外科学の対象は、自己という主観的情報・現場を扱うのです。」

tn 「それで、一般野外科学は、自身の日常・仕事の現場情報を扱う学問と言うのですね」

tanpopo 「そうです、市井の人の日常の科学方法論なんです。・・・・日常の創造性と言っています」

tn 「方法は?

tanpopo 「フィールドノーツと呼んでいるdb(データベース)に関係しそうな情報を、なんでも記録していきます。野外科学の探検手順と同じです」

tn 「それで!?」

tanpopo 「野外科学では、外部(現場・書籍)探検、内部(記憶)探検からKJ法(発想法)で問題をえぐり出し解決手順を発想していきました」
・・・・・・・
tanpopo 「一般野外科学では、個人性が強く、演繹論理・帰納論理・発想論理による発想探検を発想論理整理術(後述)から真理を発見していきます

tn 「失礼ですけど、意味と価値はあるんでしょうか?」

く 2

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