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2009年5月 9日 (土)

17 野外科学の一般化(最終回)

H200429g 続き17
tn 「その科学は、生存・営存するためのものですね

tanpopo 「学問だけでなくすべての方法で、日常とか業務のためのものです」

tn 「そうですね、それで戦後の主権在民・民主主義の民度を進化させることができますかね」

tanpopo 「そうしたいですね」

tn 「最近は、段々国家を体制で論じてる人が増えつつありますから、体制でなく民度で進化すべきでしょうね

tanpopo 「そのとおりですよ tn さん」
・・・・・・・
tanpopo 「一般野外科学ですべてではありませんけど」

tn 「?」

tanpopo 「何が真理か? 何が利か? 何が善か? 何が美か? の考察も必要ですね」

tn 「行動規範ですね」

tanpopo 「そうです、公家でもなく、武家でもなく、すべて含めた主権在民・勤労者の時代なのです、その実体が日本の近代・将来なんです」

tn 「それが「我」の哲学 一般野外科学 実務の哲学なんですね

tanpopo 「そのとおりなんですよ、tn さん 世界の歴史も リードすべきなんです

完了

一般野外科学への再度の質問

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2009年5月 4日 (月)

体罰無罪(最高裁判決)

Photo_3   先日、TV報道で首を傾げてしまった。
それは、2002年、当時2年生だった熊本県○●◎市の男の子が、男性臨時教師から体罰を受けたためPTSD=心的外傷後ストレス障害になったとして、市側におよそ350万円の賠償を求めた。それを最高裁は、臨時教師の行為は男の子を指導するためで、体罰に当たらず、違法性もないとして、市側に賠償を命じた一、二審判決を破棄して、男の子側の訴えを退けた。という報道であった。
 
 その少年は、廊下で女子生徒を蹴っていたのを臨時教師が注意をした。その後、生徒が後ろから行って教師の尻を2回蹴ったという。教師は胸ぐら掴み壁に押しつけ怒鳴って注意したという。それで生徒は、夜、泣き叫ぶ事があったという。

 私が少年だったら、教師の尻を蹴りに行く勇気がない。というよりも、そういう判断はしない。蹴りに行くなど狂気に近い。ましてや、夜に泣き叫ぶほど、気持ちが痛んではいない。
 私が教師だったら、襟首を持ち上げ尻をたたくだろう。
 私が両親だったら、夜、泣き叫ぶ我が子に驚くが、教師と学校側と対話し、裁判まで行かないだろう。
 私が弁護士だったら、仕事にはらないだろうが、再度、両親と学校側の対話を望むだろう。
 私が裁判官だったら、1審から無罪だ。

 それにしても心配なのは、当時の臨時教師はどうしているのだろう? 教師をしているのだろうか?
生徒は、正常な感覚で成長しているのだろうか?
 
 関係した裁判官とて、法の運用は人間性からだったのではないだろうか?
両親も、行動規範という人としての基礎教育を考えるべきではないだろうか。人は、同じように教師から注意されても、全員、尻を蹴り、夜に泣き叫ぶ事はしないだろうと思う。その我が子の特性を反省すべきだろう。
 
 そして、現場での両親・学校・弁護士の解決能力を疑うことができる。
生徒・臨時教師に対し、若い時機の暗い事件にしてしまったものだ。

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